「ウラカタ伝」

ふだん表に出ないけど、面白そうなことをしているひとを呼びとめ、話を聞きました。

黒丸さんは、 女性だったんですね!?

  

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わにわにinterview「ウラカタ伝4 」漫画家・黒丸さん

スタントマンに憬れを抱く少年の成長物語、『UNDERGROUN’DOGS アンダーグラウン・ドッグス』の漫画家・黒丸さんに聞きました。【1/4】  

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インタビュー・文=朝山実
  写真撮影©山本倫

  

黒丸さんが、詐欺師をだます詐欺師の漫画『クロサギ』を描いていた頃のこと

 

 漫画家の黒丸さんの仕事場を訪ねたのは、今年2月、陽射しの温かな日だった。
 先頃、スタントマンの世界を取材した長編マンガ『アンダーグラウン・ドッグス』の3巻が発売になったばかり。前作『クロサギ』は10年続いた大ヒット作で、テレビドラマや映画にもなった(山下智久・主演、TBS・東宝)が、意外と作者の顔は知られていない。というか、ワタシもしばらく前まで、題材と黒丸という字面から男性作家だと思い込んでいた。

 東京都内の住宅街の一角。自宅&仕事場の玄関には、バイクのヘルメットが二つ並んでいた。ツーリングが趣味らしい。

「ダンナがいたら、よかったんですけどね」

 黒丸さんには、この連載ウラカタ伝のお一人目、アクション監督・大内貴仁さんの回が終わったときにお会いしたことがあった。
『アンダーグラウン・ドッグス』で黒丸さんが取材していたのが、大内さんをリーダーとするアクションチーム「A-TRIBE」だったこともあり、大内さんつながりで一度ウラ話など聞きたい。自分が目にしたのが変わった人たちで、ワタシよりも深く取材している黒丸さんの目に彼らがどう映っていたのか知りたくもあったからだ。
 その日、新宿の喫茶店に現れたのが若い女性だったので、意外であると同時に、なるほど主人公の醸し出す絵のやさしさに合点がいきもした。ちなみに、黒丸さんの新婚間もないダンナさんはアクション関係の仕事をしている。

黒丸(以下同) 静かすぎると逆に「ああ、いま、わたし集中している」とか思って、よくないんですよ(笑)。いつもつけているのは2時間ドラマとかワイドショーとか。午後のロードショーのときもあるんですが、テレ東の。

 入ってすぐ目についたのが、壁際のテレビと全身を映す大きな鏡だった。連載が一段落し、アシスタントさんたちは休みで、10畳ほどの室内は落ち着いているが、ふだんはテレビがつけっぱなしだという。

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 机に向かって描いたりしながらチラッと(テレビを)振り返ったり。たまに、手がずっと止まっていることがありますけど(笑)。

── ワタシはいつもラジオをかけているんですよ。昔はFMだったんですが、年齢のせいかここ何年かはAMにしてますが。

 あっ、わかります。音楽は自分が好きなのじゃないのを延々とかけられるとイライラしてきますからね。

── パーソナリティの話が面白いと、やはり手が止まりますね。ああ、そうだ。ツィッターを見ていると、猫さんがいるんですよね。

 大丈夫ですか?

── 好きですよ。よかったら、いてもらっても

 じゃあ、連れてきます。

 抱きかかえられて現れたのは「にゃにゃ丸」16歳。猫ドアがないので、いつも「声がしたらドアをあけてあげる」。3歳の頃に知り合いの編集さんから、黒丸家の養女となったそうだ。仕事場の机の配置は、アシスタントさんと背中合わせになっている。

 

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── ところで「黒丸」さんのペンネームの由来、教えていただけますか?

 説はいろいろあって、ひとつはデビューが「少年サンデー」だったんですよ。当時、女性作家は性別をおおっぴらにすると売れにくいという話があって、例外は高橋留美子先生。男の子の読者には「なんだ、オンナが描いているのかよー」という拒否反応があって、15~6年くらい前は女性であることを隠している先生が多くて、雑誌によっては半分くらいが女性作家ということもありましたね。

── へぇー、びっくりですね。

 いまだと男性雑誌の作家さんの7割くらいが女性ということもありますよ。

── 漫画の世界も、女性の社会進出が進んでいるんですね。

 そうなんですよ。それで、わたしの場合、別人格のペンネームでやりたいというのはあったんですが、男性名にするにはちょっと悔しさがあったのと、記号っぽいものにしたいと思ったんですね。
 それで「黒丸」というのは、わたし、お腹がゆるくて、いまは白い糖衣錠ですが、昔は黒いのが手放せなくて。学校時代、「きょう、正露丸忘れた」と気づいたとたん「お腹こわしたらどうしょう、どうしょう……」というプレッシャーで調子が悪くなっていたんです。

── それ、神経性胃炎ですね。

 ですかね。当時は、そういう病名があることも知らなくて、皆がそうなんだと思っていたんです。

── ワタシもお腹弱くて、仕事の前は飲食しないようにはしているんですよ。

 わたしは、出版社に打ち合わせに行こうとするとお腹が痛くなって。目的のビルのエレベーターホールに立つだけで、もうダメ。それどころか、出版社のエレベーターのポーン♪ というドアが開く寸前の音、それと同じ音を聴いただけで、ビクッとなる。

── 音で?

 エレベーターの会社ごとに音に特色があって、同じものがどうもダメみたいなんです。

── へぇー。

 シンドラーは、大丈夫なんですけどね。

── ワタシは行き先によるみたいで、とくに実家が危険地帯。お盆とかに帰省するとき何度もトイレを往復して、元ヨメから「へんなひとだねぇ」とあきれられていました。

 ご自分の実家なのに?

── ええ。

 お相手の実家なら、わかりますが。

── ヨメの実家は平気だったんですよ。

 それ、変わっていますね。

 ここでさらに「わたしもお腹、そうなんですよ」と、猫にカメラを向けていたカメラマンの山本さんまでもが話題に加わった。

 そうか、きょうはお腹が弱いひとが集まっちゃったんですね。

── それで、じゃあ「黒丸」は正露丸から?

 そうなんです。

── でも『クロサギ』という、いろんな詐欺の手口を暴露していく漫画を描かれていたりしたので、黒丸さんを「男性」だと思いこんできた読者は多いだろうなぁ。

 連載が始まったときは、すでに金融マンガのパイオニア的な作品『ナニワ金融道』(青木雄二・作)があり、あとは『ミナミの帝王』(天王寺大・作)とか。どっちも金貸しの話なので、詐欺とテーマとしてはかぶってはいないんですが、連載していたのが『ヤングサンデー』という男性向けの雑誌だったこともあり、画を男性誌っぽいものにしなければいけないというのがあったんです。いま見ると、男っぽくしなきゃ、というので無理していて。ド新人でしたからね(笑)。

── 男っぽくというのは、具体的にどういうふうに工夫されていたんですか?

 編集さんから、とにかく「描き込め」と言われたので、背景をキッチリ描き、画面を黒くするためにベタを多めにしたり。

── 全体の見た目を黒くするんですか?

 白い部分が多くてもオシャレに見えるひとは上手い人なんです。そういうハイセンスなものがない人間は、黒くしておくと落ち着く(笑)。だからいまでも、わたしは白がきれいに使えるひとに憧れます。

── 以前、新宿の喫茶店でお話を聞かせてもらったときに『クロサギ』のことを「立ち話の漫画」と話されていたのが印象に残っているんですよね。

 あの漫画は詐欺の手口を説明する台詞が一杯で、情報をどのタイミングで、どれだけ伝えたらいいか。もちろん原作の夏原(武)先生からネタ提供があってのことですが。それがものすごく詳しくて、勉強にもなるし面白いんですが、どこまで描き込んでいいものか。会話にしても厳選しないと入りきらないし。

── 原作者からはシナリオのようなものを渡されるんですか?

 厳密にいうとストーリーではなくて。基本は、いろんな詐欺師が使う手口と、クロサギといわれる主人公が騙し返す手口。おおまかには二つで成り立っていて、初期はほぼ詐欺の話なので、もらったままでした。当初は自力で主人公のバックボーンとかを描ける力量もなかったですし、お金以外の問題が発生して、それが解決するというようなドラマをつくりだすというのもなかったんですよ。
 連載が進んでいくと、詐欺に引っかかって困っている被害者と息子の関係が、あることから好転する。メインのストーリーから外れたエピソードを自分で考えて描けるようになってからは、詐欺の手口が占める割合は6割ぐらいになって、あとの物語はなんとか自分でつくることができるようになったんです


── サイドストーリーを膨らませるのが、黒丸さんのオリジナルな仕事になっていたということですか。

 そうですね。ただ、警察官や検事さんといったキャラクターに関しては、わたしが好きにストーリーをつくるには無理があって。刑事なら刑事の思考パターンってあるでしょう。それがわからないので、「こういうとき、刑事さんはどうします?」と聞いていました。メールで訊ねたり、会って打ち合わせをしたりするときに。

── 原作者のタイプによっても違うんでしょうけど、そのへんは分担作業に近い?

 夏原先生は、本業はノンフィクション・ライターで、物語をつくるのは漫画家だ、というふうにしてくださっていたんですよね。

── もともと黒丸さんは、詐欺とかアングラビジネスに興味があったんですか?

 わたしは株とか経済にまったく知識がなくて、いまでもはっきり言って苦手です。学校の授業でも歴史や地理、公民は得意だったんですが、お金計算はまったくダメ。
 詐欺といえば、映画の『スティング』ジョージ・ロイ・ヒル監督 ポール・ニューマンロバート・レッドフォード主演。73年公開のアメリカン・ニューシネマの代表作)がわたしのイメージで、騙したり騙されたりという展開は好きですが、『クロサギ』を始めようとした頃、世の中に氾濫していたのは、もはやスティングの世界じゃなかった。

── 犯罪に華麗な彩りがある牧歌的な時代じゃなくなっていた。

 それで、経済、金融、法律の勉強ばっかりして、自分でもびっくりしました。しかも、ようやく理解したネタも、次のネタの情報を仕込んだときには、もうトコロテン式に忘れちゃっている(笑)。

── もったいない(笑)。

 いま読み返すと「頭、いいねぇ」とびっくりしますもん(笑)。
 ただ、詳しく分からなくて良かったのかも。夏原先生は、本当に詳しく箇条書きとかで説明してもらっていました。それでも、わたしが理解できないことが多いから、分からない用語に出会うと、調べる。「ああ、なるほど、そういうことか」の繰り返しで、そういうふうにして理解できた情報を漫画の中に描けばいいんだなとわかったんです。

── 熟知している人が描くと、知っていて当然となることが多くなりますもんね。

 そうなんですよね。

── 夏原さんからの原作は、台詞で書いたものもあったりするんですか?

 そういうときもありましたが、政治家と銀行員のトップ対談みたいな場面だと、それっぽく描くには限界があるので「こういうときは、どういうふうに話したりするんですか」と質問して、丁寧に教えていただきました。そういう意味では、夏原先生とはいい関係だったと思います。

── 連載は10年間でしたよね。

 始めたときは、まだわたし23歳でしたからねぇ。

 ここで、いったん外出していた、にゃにゃ丸が扉の前で、にゃーにゃーと泣くので黒丸さんが「なんでだろう」と首を傾げる。「もしかしたらご飯がほしいのかな。二階でご飯をあげてきます」と中座。初対面の客にまで、じゃれついて愛想がいい猫だなと思っていたが、どうも「おなかすいた」のサインだったらしい。

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☟次回へつづく


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UNDERGROUN’DOGS 3 (ビッグコミックス)

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クロサギ(1) (ヤングサンデーコミックス)

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