「ウラカタ伝」

ふだん表に出ないけど、面白そうなことをしているひとを呼びとめ、話を聞きました。

スタントマンの人たちは、旅先のオフをどう過ごしているのか?

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わにわにinterview「ウラカタ伝4 」漫画家・黒丸さん

スタントマンに憬れを抱く少年の成長物語、『UNDERGROUN’DOGS アンダーグラウン・ドッグス』の漫画家・黒丸さんに聞きました。【3/4】  

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インタビュー・文=朝山実
  写真撮影©山本倫

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スタントマンの世界を取材しながら漫画を描くということについて

── 『アンダーグラウン・ドッグス』は3巻完結になるんですか?

黒丸(以下、同)    かたちとしては第一部完にさせてもらったんですが、いまはやって良かったと、残念だというのが気持ちとしては半々ですね。

── というと?

 わたしとしてはアクションシーンが描けるようになったし、微妙な表情を描く技術も上がり、得るものがあったものの、3巻で終わろうとして始めたものではないので、その意味での反省はあります。商業漫画としては売れる作品を出してナンボですからね。

── プロだなぁと思ったのは、雑誌の連載としては3巻で打ち切りという話が決まったあとも黒丸さんは、根をつめて描いておられたでしょう。テンションが下がっても不思議はないのに。

 自分がやりたいと思ったものですからね。それにわたしは、作品の価値は終わり方で決まると思っています。
 映画とかもエンディングで、えっ!?となったら、それまでがどんなによくても台無しでしょう。漫画は、長期連載になると中盤の盛り上がりが大事というのがあるんですが、わたしは終わりがよくないといけない。何年もかけて読んだ名作漫画の最後が「センセイ、気持ちが切れちゃっているよー」というのは悲しいですよね。『クロサギ』も駆け足になったところはありますが、自分なりに踏ん張りましたから。


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── 『アンダーグラウン・ドッグス』で、書き手としてこだわったのはどこですか?

 終わってみて思い返すのは、最初のほうの主人公が(工場の先輩からイジメを受け)鬱々としているシーンですね。心理を説明するための冷えた情景を、緑のある場所ではなくてコンクリートがいっぱいある場所にする、とか。(工場の近隣の設定で)荷物の積み下ろしをするガントリークレーンを描きたくて、ツーリングがてらお台場の近くの公園にまで出かけて写真を撮ったりしましたから。
 それは後にくるアクションシーンの熱量を見せるために「寒い空気」を描きておきたかったというのがあったんですけど。

── 港湾のシーンは印象に残ります。あと、ワタシは主人公の少年が働いている工場内の関係を描いたシーンが好きでした。やりたいことがないというか、将来の夢みたいなものが見つけられず、職場ではパシリ扱いをされている少年がスタントマンに憧れるまでのキャラクターを紹介する部分ですが。

 読者によっては、活気が出てくるから2巻が好きだという人が多いんですけど、わたしも、嫌な先輩にぶち切れたりする場面は好きなんですよ(笑)。

── 昭和なドラマのタッチがあって、嫌味な先輩が出てきて。

 昭和、ですね(笑)。
 スジが通らないことに理由もなく言いがかりをつけてくる先輩なんかは描くのが大変でした。「理由がない」というのは、わたしにはわからないことをする人たちですから。

── 理由がつかめないと人物の行動は描けない?

 編集さんに、「わけの分かんないことをする人を描くのは難しい」と言ったら、「理由がわからないから困るんですよ」と返されて、そういうものなんだな、と納得したことがありました。

── 嫌味な先輩はリアルだなと思いました。彼が何に不満を感じているのか明確ではないけれど、こういう感じの人はいるよねという実感は伝わってきました。

 だったら、よかったです。

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── あと、主人公が憧れる女性スタントマンが急に仕事を頼まれて、「予算がないから」と現場で無理を言われますよね。

 あれは実際にそういう現場を目撃したということではなくて、あるアイドルグループのPV(プロモーションビデオ)で、透明な板の上で踊るダンサーを真下から映すというシーンがあって、これは高い場所の下から、こんなふうにライトを照らして撮っているんだろうなというので描いたんです。

── そこでのトラブルというか事故がありそうでした。

 プロの人が見ると、こういうときは違う撮り方をするよ、というふうな指摘が出るかもしれないですが、ちょうど取材をしすぎかなと思いはじめていたときで、あの部分はフィクションなんです。

── そうなんですか。でも、取材のしすぎというのは?

 アサヤマさんも取材をされていたからご存知だと思うんですが、「A-TRIBE」のメンバーも、まわりの人もみんな魅力的過ぎて。仕事ぶりもそうですが、人間的にも。もう友達になっちゃったんですよ。
 とくに女性の人たちとは、誰かの部屋に集まっては食事しながら女子トークする。ここは最後の一線だと思って、わたしは年下の人にも敬語を使うんですが、むこうはほとんど「クロちゃん」(笑)。

── クロちゃん、ね(笑)。

 でも、男性も女性もみんな一癖あってヘンテコで、素敵な人たちだから刺激的で、仲良くしてもらえるのはとても嬉しかったですね。

── だけど、親密になりすぎると取材しづらくありませんか?

 そうなんですよね。女性チームとは恋愛話のほうが多かったですね。
 アクションを仕事にしている女性は、青年誌などで描いている女性漫画家さんより、格段に女性度が高いんです。お料理が上手かったり、服も趣味も女性らしいですし。
 どちらかというと、漫画家さんはサバサバしていて「コレで食っていくんだ」という男勝りな経営者気質をもった人が多いような気がしますね。もちろん、みんながみんなではなく、女性らしい作家さんもいますよ。

── 意外ですね。アクションをしている雰囲気からして、サバサバ度はスタントの女子のほうが高そうに思えるのに。
 それで、黒丸さんはいつもどんな話を聞いたりするんですか?

 たとえば「地方ロケに行ったりしたとき、仕事が終わったらどうするか?」とか。
 男の人たちはパチンコとか、きれいなオネエさんのいる店に行ったりするんですよ。みんなで。だったら、女性のスタントマンは何をしているんだろうか、と思いますよね?

 
── 興味ありますね。

 女性のスタントは(現場に呼ばれる)人数じたいも限られていて、ひとつの現場に一人とかいうことも珍しくないので。お気に入りのカフェを見つけては、パフェとケーキ三昧だとか。

── めちゃ女子ですね(笑)。でも、男子がパチンコに行くというのが、それはそれで意外というか面白いですけど。

 パチンコなんですって(笑)。
 でも、京都に二ヶ月、三ヶ月滞在するといったときにボクシングのジムに通ったりしている人とか、自転車で寺社仏閣めぐりしたりしている人もいて。既婚者だったりするとお小遣いも限られているでしょうから、お金の使い方もちがってくるのかなと想像するんですけど。でも、パチンコよりもずっといいですよね。

── パチンコも無我の境地でわるくないですけど(笑)。

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─ 取材をしていて、面白いと思ったのはどういうポイントですか?

 子供みたいに熱中することですよね。たとえば、仲間が結婚するとなると、あの人たち必ずビデオを撮るんです。

── そういえば大内さんたちを取材させてもらったのが、公園での練習日で、友人の結婚式で見せるアクションものを撮っている最中でしたね。大学のサークルっぽいんだけど、短時間でストーリー作って、すごくテキパキと撮影が進んで面白かったです。

 一本の短編映画みたいなクオリティですからね。音や曲も付け、編集もして。そういうのは、あの人たちはお手の物。何かの作品で居合わせた仲間の人に、一言しゃべってもらったものを加えたり、ワンショットで撮ったかのように映像をつないでキャプションをつけたりする。そういうことに労力を惜しまない人たちなんですよ。

── それらは仕事じゃないんですよね?

 じゃないですよ(笑)。仲間うちの忘年会で流すための動画も、わざわざ作ったりするし。スタントマンの人で、やられ役(殴られたりする絡みの芝居)の絶妙にうまい人がいて、殴られて壁に吹っ飛ぶ。そこまででいいのに、ぶつかる場所に木箱を置いておいて、壁に当たった衝撃で落ちてきて頭に当たる。そういうのをぜんぶ自分で計算して微調整している人がいて、その人のアクションシーンだけを集めて編集しているんですが、これがもう面白いんですよ。

── へぇー、見たいな。でも、その人の顔は映るんですか?

 「吹き替え」は顔が映っちゃけいないんですが、その人はカラミ(絡み役)が多いので顔もバッチリ。本当は殴られたところでカットされるところでも、そういう面白いことをやっているので、映るのがほんのちょっと長くなるんですよ、秒数が(笑)。

── そうか、なるほど。監督や編集マンのこころをくすぐるわけだ。

 その人はベテランのスタントマンさんなんですが、小柄なこともあって吹き替えよりカラミのお仕事のほうが多いみたいなんです。仲間うちでも、カラミの仕事っぷりが絶妙だと称賛されていて、その人が映っているシーンを「やられ役大全」みたいにしてつなぎ合わせて忘年会の間、映していたんですよね。
 若いころはお芝居もやっておられて、なかなかハンサムな方で、お酒が好きで呑むほどに陽気になる人なんですよね。

── あのぅ疑問があるんですが、そういうビデオを作ったりすることに情熱を注ぎ込んだりしているのは大内さんたちの周辺に限られるのか、スタントマンの職種の人たちに共通していることなんでしょうか?

 そこなんですよね。大内さんたち「A-TRIBE」は、フリーランスのはみだしもののチームで、とくに大内さんは大学を出て就職先まで決まっていたのに「スタントマンになりたいから」と香港に行った。ありえない経歴の人ですよね。
 アサヤマさんの大内さんのインタビュー(ウラカタ伝」過去記事)は、わたしが聞いていた以上に香港のエピソードが詳しくて、超イカレタ人だ(ほめ言葉です)というのがわかりましたから(笑)。そういう人がリーダーだけに、「A-TRIBE」の周辺にいる人たちはかなり独特なんだと思います。

── 「A-TRIBE」の日野(由佳)さんや佐久間(一禎)さんは、アクションアワードのベスト・スタントマン賞に選ばれたりしていますよね。日野さんは新体操やコンテンポラリーダンスを経て、年齢的にも遅くになってからスタントの世界に入られているし、佐久間さんも大内さんに会ってから変わられたと聞きましたが。

 師匠の大内さんの影響って大きいと思うんですよね。自分の話になっちゃいますけど、わたしは漫画家を目指していたわりにはメンドクさがりで、若いころは好きな絵しか描きたくなくて、苦手分野を克服する努力をしてこなかった。それで山田貴敏先生(『Dr.コトー』)のアシスタントに入ったときに、もうボッコボコにやられました。
 眠れない。(時間がなくて)食べられない。精神的にも過酷な仕事場でしたが、もしあそこで漫画家としてのベースを鍛えられなかったら、いまのわたしはない。そう思っています。

── アシスタント経験て大事なんですね。

 大人になって、試験や昇進の条件が明確でないということでは、スタントマンも漫画家も似ているんですよね。だから、口すっぱく色々言ってくれる人って、すごく貴重なんですよね。大内さんも、そういう存在なんじゃないかと思います。
 大内さんは本当に「師匠」キャラで、上達しない人に対して、口は悪かったりするんですけど、上達するまでいつまでも教えている。


── ああ、わかります。そういうところありそうですよね。

 いまは、わたしもアシスタントを指導する立場ですが、わたしはあそこまでできないと思いますね。

── ワタシが大内さんを取材していて、印象に残っている言葉は、「できない人間はいない」というようなこと。ワタシにすらマットの前に立って「やってみませんか」って言うんですから。言われると、このトシでアクションなんて無理と思いつつ、でも自分もやれるかも、とその気にさせる(笑)。


 そうなんですよ。マンツーマンで、一月とかでやっていたらやれるかもしれないですよ。あと大内さんは、被写体がわたしでも「格好よく撮る自信はある」とおっしゃってましたね。

── そういう面での自信をもっている。面白い人ですね。
 ところで黒丸さんが実際に漫画を描く際に、あの人たちを取材していてよかったと思うのはどういうところですか?

 そうですね。聞けばなんでも教えてくれますし、いまは猛烈に忙しくて練習に来られなくなっているみたいですけど、わたしが行っていたときは毎週、練習の場にいたので。

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── よく質問していたのは、どんなことでしたか?

 「腹が立ったことは何か?」ですかね。それがわかると、その業界での基本的な価値観がわかると思うんです。
 最初はまだ取材の仕方がわからなかったので手探りだったりしたんですが、その世界ごとに優先されるのは何か、といった価値観の基準みたいなものがあって、何がいちばん誉れで、何がいちばん悲しいか、恐いか、そこを知りたいと思ったんです。
 とくに腹が立ったことがわかると、他の部署との軋轢なんかもわかりますから


── ああ、なるほど。

 だから、どんな不義理をされたか、どんなひどい待遇を受けたのかとか。そういうところはしつこく聞いていたような気がします。

── 宿泊の待遇とか?

 宿は、昔は大部屋に十人というのがザラだったみたいですが、いまはだいぶ改善されているみたいですね。

── キャストとスタッフだと、スタントマンは「スタッフ」のほうに入るんですね。

 キャストは「俳優部」で、役者さん以外は基本的にスタッフ。だから、スタントマンもスタッフです。たとえカラミでお芝居をする場面があっても、それは「スタントマン」としての仕事であって。
 ただ、立場は香港とかの現場だと、彼らがあってこそというくらい尊重されていて、立場がぜんぜん違うらしいんですが。日本は「サッショウ」といって、最初にわたしが取材したとき、スタッフの中では「撮影」と「照明」が格段に上の立場にあると教えてもらったんですが、撮影はともかく照明がそんなに上に立場だと知らなかったんですよね。たしかに、照明によって見え方は変わるから分かるんですけど、それを言えばスタントもいないと撮れないじゃん、と思ったりして。

── たしかにね。

 最近は、アクションのある映画がヒットしていることもあって、日本国内のスタントの地位は上がってきているらしいんですが、それは業界のシステムとしてではなくて、スタッフの間での評価というか、スタッフで尊重してくれる人が多くなったということみたいで。

── どこの世界も変わっていくのはそういうことからでしょうから。でも、いいことですね。

 これは余談ですが、ベテランのスタントマンさんになると、役者さんより芝居がうまい人がいて。以前、撮影現場を取材させてもらったときも、動きの芝居どころか台詞まであって、それがしかも上手い‼
 それは吹き替えではなくて、取り囲むチンピラ役をスタントマンの人たちが演じていて、やっていることは役者と変わりないんですが、そういうときでもクレジットでは「キャスト」でなく、「スタントマン」ということが多かったりするんですよね。テキパキ、ささっと仕事して、名前も残さない。なんかカッコよすぎません。

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☟つづく


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