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わにわにinterview「ウラカタ伝」 (わにわに伝)

ふだん表に出ないけど、面白そうなことをしているひとを呼びとめ、話を聞きました。

うわさの“りんご飴マン”と過ごした、弘前の一日。

 

青森県弘前市に移住した、
りんご飴マンさんに聞きました。【1/4】
  

 

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 わにわにinterview② ぼくの理想は、メガホン」 

りんご飴マンさんと、ぷらぷら
弘前を歩いてみました
(前編)

インタビュー文=朝山実
撮影©山本倫

 

真っ赤な顔、頭にぴょんと棒が突き出た
「りんご飴」の格好をした若者をご存知ですか? 

この春、東京から青森県弘前市に移住。県内で、急速に認知され、ニセモノまで出没するようになったご当地「ゆるキャラ」ならぬ「生キャラ」さん。ちなみに「生キャラ」は顔バレしちゃっていることからくる自称で、「なかのひと」の正体はいちおう不明です。この度、そんな彼に会いに弘前を訪ねてみました。

  

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近ごろ青森では、顔を赤く塗った「りんご飴マン」のニセモノや、青いりんご飴マン、りんご飴ガールも出現しているらしい。地域限定ながら、超人気ものなのだ。

そうえいば、昔「シャネルズ」というバンドがいた。ボーカルの四人が顔(だけ)を真っ黒に塗り、子供たちまで真似するくらい流行った。「りんご飴マン」をネットで目にしたときに、懐かしい気持ちになって彼らのことを思い出した。
外見はニセモノ黒人。歌唱のドゥーワップは本格的で、その差が魅力だった。
真似っこといえば、風呂敷をマントに見立てて熱中したスーパーマンごっこというのもあった。

ワタシに「こういう人がいるんですよ」と教えてくれたのは「日刊SPA!」の編集者の織田さんだった。『イン・ザ・ヒーロー』というスーツアクターの世界を描いた映画をきっかけに「なかのひと」を取材していこうと思っているんですよ、と話していたときのことだ。
話題の発端は、東京・高円寺の商店街がキャラクター募集をしたところ、やって来たのが、この顔だった。

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親しみのあるキャラを求めていた商店街の人たちにしてみたら!?
「ヘンなの」がやってきちゃったよ。ということで、あえなく選外となったはものの、その過程がネットに流れ、「コレがOKならオレらもいいんじゃないの」と、さらにヘンなキャラたちが押し寄せる事態となった。
いつしか自らを「ぐれキャラ」を名乗る一団の中心にいたのが彼、りんご飴マンだった。

当時「日刊SPA!」で取材を受けているのをみると、ヘンな格好をしているものの、イベント後のゴミ拾いを呼びかけるイイヤツだった。

あわよくば商店街の人たちから好印象を引き出し公認キャラクターに……という計算づくの偽善だと、つい魂胆を明かしてしまっていた。
しゃべればしゃべるほどマジメすぎて、イイヤツ度を増すばかり。悲しいかなイイヤツ部分のインタビューは早送りされていた。

ここで自問。
彼がいまでも高円寺界隈で活動をしていたら、ワタシは会いたいと思っただろうか?

遠目に見て、そのうち忘れていったんじゃないかな。たぶん。
かれこれ一年が過ぎ、ネットを検索すると、りんご飴マンは青森県に移住していた。

今春、弘前スターバックス1号店がオープンしたのは、国内で唯一店舗のなかった鳥取県にも遂にスタバが出店すると話題になっていたころのことだ。
弘前のスタバ前にも負けじと前夜から行列ができ、先頭にヘンな男の姿を見たとネットで話題になった。

「日刊SPA!」のインタビューを記憶していなかったら、オバカな若者と笑ってスルーしたかもしれない。コンビニの冷凍ボックスに寝転がった写真を自慢する若者が出回った時期でもある。しかし、彼の目立ち方は違っていた。
違いをうまくいえないけど。その日から彼のツイッターをチェックするようになり、りんご飴マンに会いに弘前までやって来てしまった。なぜなんだろう。ジブンでもちょっと不思議である。2015年10月のことだ。

 

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「そうなんですよ。田んぼの隣にりんご畑があって。こっちは、お米だけ作っている農家さんはほとんどなくて、りんごを作りながら田んぼもやるというのが多いんですよね」

軽の自家用車を運転しながら、飴マンさんが話す。
お昼過ぎ。彼が、弘前駅近くのホテルに現れても、誰だか気づかなかった。撮影もしたいと伝えていたので、あの顔で現れると思っていたからだ。
二度、東京では短時間ながら話もしているれども、素顔だと不思議とドキドキする。

── 飴マンさん、きょうはよろしくお願いします。

りんご飴マン(以下、同)「こちらこそ。さて、どうしましようか」

── あっ、おまかせします。飴マンさんが、こっちに住みたいと心が動いた場所に案内してもらえたら嬉しいです。

「わかりました。まず、みんなが行くコースですが、お城に向かいましょうか」

ということで、観光名所の弘前城を目指した。
途中、りんごの木があちこちに目に入った。
これからが収穫期。実のなったりんごの木を目にしたのは初めてだった。大人の背丈の倍くらいで、意外と高くはない。

「こっちの農家は、だいたい、りんごが8割、米は2割なんです」

この日、飴マンさんは会社の有給を取り、午前中は農家さんの手伝いをしていたという。

「台風の影響で、りんごが大量に落下してしまっているんですよ」

落ちたものは出荷できない。使えるものはジュースなどの加工に回すなどはするものの、これからというときに農家さんにとって大打撃である。
彼は、りんご飴に使うりんごを安価で分けてもらうとともに、時間のあるときには援農もするという。

運転をしながら飴マンさんの話は続く。
今年は「青天の霹靂」というお米の新ブランドが誕生するとかで、「僕も食べたいと思っているんです」。
品種改良を重ねた新種で「F1」と「青系158号」という品種を掛け合わせていったものなんです。といったことを淡々と語る。
素顔の彼は、農協の職員さんみたいだった。


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クルマをお城の側の市役所の駐車場に入れると、例のスターバックスへと案内される。古くからある歴史的建造物を店舗に改装したもので、レトロ感の漂う店だ。

「この前に8時間並んだんですけど、僕はコーヒーが飲めないので、オレンジジュースを頼んじゃったんですよね。それがwebで話題になって」

── そのツイッターを見ました。なぜオレンジジュースなんだと見たひとたちからツッコミを入れられていましたよね。

「コーヒーは体質的にダメなんです。カフェインアレルギーなのか、一度過呼吸になったことがあるんですよ」

── それで、ジュース? ウケ狙いじゃなくて。

「じゃないです」

彼が「どうも」ススッと店内に入ってゆく。
店のスタッフと次々と親しげに挨拶を交わしている。

なんて、ことはなかった。
飴マンの格好をしていない彼は、目立たない。ジミ。
カウンターの中にいたひとりの女性店員さんが会釈し、折り目ただしく、彼も頭を下げている。


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☝ スタバの前で徹夜する ©りんご飴マン

 

「りんご飴マン」の主な活動は、どこそこでマラソン大会があると聞けば出かけていって「りんご飴」を販売、子供たちが集まると聞けば「りんご飴の作り方の講習会」を行う。
「りんご飴」の魅力を伝播するために生まれてきた「世界で唯一無二の存在」というのが、オフィシャルな説明である。ちなみに、りんご飴はぜんぶ自家製で、もちろん彼の手作りだ。

材料は、りんご、砂糖、食紅、水、頭に突き刺す割り箸。
家庭でも、出来きるものだ。

 

── 縁日で、子供の頃に買ってもらっても半分も食べられなかった記憶があるんですよね。

「みんなそうですよね」

── でも、飴マンさんのりんご飴は美味しかった。初めてです、一個完食したのは。

「りんごが違うんですよ。ナマで食べられる美味しいのを使っているので」

高円寺でイベントがあった日に、彼が出店をしていた。
齧りつくには大玉すぎるので、ワタシは自宅に持ち帰り、薄く輪切りにスライスしてみた。

美味でした。
まるごと冷凍して食べると、美味しいとツイッターしているひともいた。
飴マンは、美味しいヒミツは「美味しいりんごを使っている」それだけだという。

たったそれだけなの?
違いをいうなら、どうも縁日で販売している小粒のは酸味のつよい品種が多いらしい。

── りんご飴をつくるのにどれだけ時間はかかります?

「前日からつくりはじめて、百個だとラッピングを含めて、4~5時間はかかりますね。ぜんぶ、ひとりでやっているので」


飴マンさんは「りんご飴の販売」で生計を立てる「花売りの少女」みたいな青年だ。
いまどきそんなわけはない。「なかのひと」である彼は、ふだんは弘前市内のとある会社に勤務している。ここではヘンシン前の彼の名前を、ナカタトオルさん(29歳)としておく。仮名だけど。「なかのひと」が存在しないのはキャラ業界のお約束でもある。

「職場のひとたちには、ほぼバレています。暗黙の了解で、みんな知らないフリをしてくれているんだと思います」


りんご飴マンが活動するのは土日が中心で、平日だと有給休暇をとっている。
地元テレビのニュース番組に出るなど、青森ではメキメキと有名となり、周囲に隠しきれるものでもないらしい。

── スーパーマンみたいですね。

「……?」

── ヘンシンするといってもスーパーマンは眼鏡をはずしマントを身につけるだけ。パッと見で「新聞記者のクラークケント」とわかるのに、同僚は気づいていないというあたりが。

「言われてみたら、そうかもしれませんね。でも、僕自身はそんなにこだわりがあるわけでもないんですよね。バレたらバレたでいいんです」

 

ナカタトオルさんは、東京都小金井市の出身。練馬区の大学を卒業後、都内の広告代理店で営業マンをしていたが、青森に移住すると決め同時に転職もした。

ワタシがすごいなぁというと、
「重大決心というほどでもないです」とクールに
返された。

ツイッターでは“移住”と言っていますが、気持ちとしては、東京の高円寺から埼玉に引越しするのとそんなに変わらないです」

たいしたことじゃない。ナカタさんは強調する。
だとしても、物理的に埼玉より遙かに遠い。東京から新幹線を使い、新青森で在来線に乗り換えたとしても、弘前まで片道4時間以上だ。
ナカタさんは、東京にいた頃からすでに月一回ペース、弘前まで往復していたという。
徐々に「移住」のハードルを下げていったのだろうか。そのあたりのハナシは後にすることにして、まずは弘前いちばんの観光スポットめぐりである。

「僕はこっちの人間じゃないので、外の人間が見たことしか言えないんですけどね」

月一度くらいのペースで、「りんご飴マンと行く弘前観光ツアー」という趣旨のガイド役をしている。どうやら、なりゆきらしい。

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「いまは百年に一度の城の改修工事中で、お城の建物を移動させているんですよね」

ナカタさんの視線の方向に、あるべき天守閣がない。石垣の土台があるだけだ。

「あっちのほうに」

指の先を追うと、お城本体は奥まった方角にあった。

「城の石垣部分がだんだん膨らんでゆくのをハラミというんですが、年数とともに不安定になる。それを修復している最中で、5年くらいかかるんですよ」

ナカタさんから説明を受け、へえー。そうなんだ。感心していると、

「ツアーに参加されるひとは、ネットやテレビで僕を見てという地元のひとが多いので、逆に知識が豊富なんですよね」

参加者には、小さな子供連れのママさんたちというのが多いとか。


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「ここの公園、東京だとお金を取られたりしますが、無料なんですよね。それはすごいことだよという話をしたりしますね」

次回の予約が10数人の団体さんで、飴マンのことを知らないひともいるだろう。そういうひとにも満足してもらわないといけない。そのために工夫しないといけない。淡々と話す。

「そろそろ、したほうがいいですか?」

── ああ、そうですね。

飴マンにヘンシンするには5分もかからないという。
変貌する過程を傍で見ていてもいいだろうか。たずねてみた。

「前にテレビの取材を受けたときも言われたんですが……ちょっと……」

── ですよね(笑)。

「待っていてください。すぐですから」

公園内のトイレのある方向へと、ナカタさんはスタスタとすすんでいった。

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☟次回へつづく

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弘前城のところで。「昔ながら」の小旗と佇まいにひかれ。
シャーベットな感じでほかのかにりんごの味がした。美味しい。

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