綾野剛には感じないのに、ワタナベくんに激しく嫉妬してしまうのは…。
【わにわにinterview ウラカタ伝⑥】
「情熱大陸」に出たい、と言いつづける漫画がネットで話題の宮川サトシさんに話を聞きました。【2/4】
インタビュー・文=朝山実
写真撮影 © 山本倫子
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── 周囲に、『情熱大陸』に出た人がいるというのは、どういう感じなんですか?
「綾野剛くんの場合は、先に“綾野剛”というデータがあって、僕はあとになって昔の彼が綾野剛だった、というふうになるので。これが、よく知っていた彼がどんどん有名になっていったということなら悔しいとか思ったかもしれないですけど。それはもう、どうしょうもない(笑)」
── どうしようもない(笑)。
「かといって、自慢でもない。話のネタにはさせてもらっていますけど。あれには後日談があって、知り合いの漫画家さんが、彼に会う機会があって、僕のことを覚えているか、と聞いたらしいんです」
── そうしたら?
「『僕、故郷のことはぜんぶ置いてきたんで』という返答だったそうです。だから彼はもうバイト仲間だった○○剛ではなくて、“綾野剛”でしかないんですよね」
── 番組の中でも、そういう語りをする場面があったような気がするけど、本名の自分は消しちゃったんだね。役者って大変だなぁ。
もうひとり、幼なじみで生物学者のひとが出ておられましたよね。
「海洋生物学者の、渡辺くんですね。彼は、漫画(『情熱大陸への執拗な情熱』オモコロ連載中)で描いているよりも実際は仲がよかったんですよ。小学校からずーっと一緒に遊んでいた。高校は別でしたけど。
彼に関しては、悔しい、ですね。きっと彼は死ぬ直前、走馬灯のように過去を思い出すときに『情熱大陸』に出た場面を見ると思うんです。そういう、わかりやすい金字塔のビジョンをもっているというのが羨ましい」
── うらやましいね(笑)。
「30代の折り返し点を過ぎて、一個そういうものをすでに持っているというのが」
── あの回は見ていましたけど、変わった人だなぁというのが印象に残っています。すごいマイペースで。
「彼が南極の研究所のようなところに行って、マムシを保存している瓶を食い入るようにして見ている場面がある。カメラが自分に向けられていることすら気にしていない。その行動からも、天才だと周囲に印象づけてしまう。
僕だと、『あっ、これちょっと見ていいですか?』と断りを入れると思うんです。だから、僕とはタイプが逆なんですよね」
── ワタシも「見ていいですか?」のほうかな。
「でも、子供の頃は本当に彼とは仲良かったんですが、いまはお互いフェイスブックに共通の友人が20数人いるにもかかわらず、お互い友達申請をしていないんですよ」
── フェイスブックをやっていないので、システムがわかっていないんですが、「友達申請」というのは?
「どちらかが友達の申請をして、相手がokを出してはじめてつながることができるんです。その前に、『この人もお友達じゃないですか?』という候補みたいにしてプロフィールとともに出てくるんです」
── つまり、パーティ会場でお互いの存在を認識していながら、知らんプリしているということですか?
「ああ、そうですね。あの漫画も、『渡辺先生がこういうふうに描かれているよ』とツィッターでやりとりされているのは彼の耳にも入っているでしょうから。でも、僕からすると、これは先に申請したら負けだと(笑)」
── 勝ち負けなの?(笑)。
「ハハハ」
── それで、宮川さんは、渡辺さんの本は読んだりしているんですか?
「読まない(笑)。アマゾンのランキングは見ているんですが」
── それは、嫉妬?
「かもしれないです。渡辺くんを、たいしたものだと思う反面、お互い浪人生だったときにはよく会っていたりしていましたから。その後、彼は東大に行き、僕は地元の大学に入った。
大学に入ったあとに僕が病気になったときには、彼もわざわざ見舞いに来てくれたりしたんですよね。それで彼が大学院に行き、南極に行ったりするようになってから疎遠になっていったんです」
── 生活の舞台が異なると、だんだん疎遠になりますよね。ところで、あの漫画に出てくる、ハカセさんっぽいひと。カミサマっぽいというか。あれ、いいですね。
「あれは便利なキャラクターで、主人公の僕にしか見えていない存在なんですよね。最終話で、ワタナベがまわりからチヤホヤされて人を見下すようになったというふうに、僕が思ったことを言葉にするのではなくて、あのモジャモジャおじさんが『オマエにはそう見えたか』と言葉にすることでバランスがとれるんですよね」
── あのキャラクターのモデルは、やはり。
「いちおうハカセさんじゃない、という前提ですけどね。ユーチューブを見たら、ハカセさんが髪を振り乱してバイオリンを弾いている。もしも自己顕示欲の神さまがいるとしたら、ああいうイメージじゃないかなって」
── 主人公に囁きかけて、そそのかそうとするあのカミサマと、“星飛雄馬の姉”のように物陰で心配そうに見ている妻。対照的な二人に見守られている感じがいいですね。
「きょうも、あの続きを描こうとして道具を持ってきたんです」
幼なじみのワタナベくんが、期待される海洋生物学者として「情熱大陸」に出たときには激しく嫉妬して、昔のバイト仲間だった綾野剛には何も感じないという宮川さんのネジレはわかるなぁと思った。ワタシの旧知の人(友人ではなく、かといって知り合いというよりは濃い)も二人、あの番組には出ている。ルポの仕事をするようになってから取材した人を含めると、その数はさらに増える。だけど、お互い何者でもなかった頃によく会話し、途中関係が途切れたと思ったら、突然テレビでその姿を見るのは一瞬とはいえ確かにフクザツな心理に陥ったものだ。端的にいうと、オレなにやってんだろう、と。だから、宮川さんの語ることを笑いながら、あのときの自分を思い出していた。
宮川さんが鞄から取り出したのは、塾の講師をしていたときに生徒のお母さんからもらった未使用の白い電算紙。「もったいないから」と使用しているという。そういう感覚は、ワタシはけっこう好きだ。
「いま、(『情熱大陸への執拗な情熱』の)書籍化に必要な、エピソード・ゼロを描こうとしているところなんです。なんで、そんなに『情熱大陸』にこだわるのかという部分なんですが、これがけっこう苦戦していて。もう、なんで好きになったのかもう覚えてないんですよ。
すごく好きになると忘れちゃうんですよね、好きになった理由を。それで、困ったなぁと思っていたら、ちょうどいいネタを昨日見つけたんです。
幻冬舎の担当者が、ある作家さんの回のときに映っているんですよ。それで、急にうらやましくなって(笑)。『なんだ。出ていたのを、僕に黙っていたんだ』という」
── 嫉妬したわけね(笑)。
「はい(笑)。まあ、それくらいのショウモナイところから入っていこうかと」
── それで、さきほどまでやっていというのは?
「その下書きの段階ですね。これから構成を考えていこうという」
── まさか、ここ(喫茶店内)で、絵を描かないですよね。
「いえ、描きます。いつもタブレットで描いているんですよね。Gペンとかは使わないので」
── 漫画描くのに?
「習得する時間がなかったんですよ。Gペンは慣れるまでに何ヶ月かかかるんです。自分の場合、年齢がいってから漫画を描きはじめたので、そのための練習をしているくらいなら、すぐにでも一話を描ききりたい」
── 宮川さんは、漫画家になろうとするのが遅かったんですよね。
「ええ」
── 下書きの絵のほうは鉛筆で描くんですよね。
「はい。でも、Gペンを使わないことにコンプレックスもあるんです。僕には、絵の魅力もないし。Gペンを使って、手が真っ黒になる。いかにも漫画家なところがないですから。
(取材の前のメールのやりとりで)写真に撮ってくださいと言われましたが、僕が仕事している(自宅の)部屋も、そういう意味では、なんの面白みもないんですよね。机があって、漫画が積んである。それだけですから」
── でも、漫画家さんのなかには、机しかないひともいますよね。中崎タツヤさんとか。
「あのひとは捨てることが芸になっているひとですから。僕の場合は中途半端で、驚いている人の背景にどういうものが描かれているのか、たとえば藤子不二雄さんの作品を見て、『ここは、こういうビカビカッ!!というカミナリみたいなものを描くといいのか』とか、カンニングしながら描いたりしている。そういう本は傍に置いてあったりするんですけど、ふつうに漫画家さんが持っていそうなものは何も持っていないんですよ」
── そこもまたコンプレックスなんだ。
「だから、漫画家の宮川です、と言いづらくて」
── いまは小説家のひともパソコンで書かれるから、作品が出来上がっていくまでが視覚化されにくくなっていますよね。昔だと、原稿用紙に編集の赤字が入っていたり、作家本人の修正なども見てとることができて面白かったりしましたが。
「そういう意味でいうと、紙に下書きをするのは自分でもやっている感が出て、自分自身の帳尻あわせをしているのかもしれないですね。でも、僕はこれでないと描けないし、鉛筆で描くとヘタでも魂が入る感じがするんですよ」
── ササッと全体を見渡すことができるというのも、紙の利点かもしれないですよね。
「それはそうかもしれませんね」
── ここには、いつも何時ごろに来られるんですか。
「朝の10時とか11時ですね。コーヒーを一回注文したら、百円でお代わりができるので、来たら4時間くらいいますね」
── 集中力があるなあ。ワタシ、ダメだわ。
「メールをしたりして。ずっと一つのことをしているわけでもないので」
── ちなみに、仕事の七つ道具のようなものがあれば見せてもらえますか?
「いいですよ。まず、ペンタブレットですよね。あとは、いつどういう指示が入るかわからないので、対応できるように、いま抱えているものはぜんぶ持参しているんですよ(と、鞄の中を見せていただく)」
── その大判のノートは、作品ごとに分けているんですか?
「分けないと」
── ワタシは、ぜんぶ一冊のノートでやっているもので。
「作品ごとに仕方が異なるんですよ。エッセイ漫画だと、まずストーリーを練るんですが、ギャグ漫画の原作の場合は勢いが必要なので、紙にいきなりコマ割りを描くんです」
── そうなんだ。
「なんでかというと、絵の情報量が多いので、いまやっているギャグ漫画(『宇宙戦艦ティラミス』)は一ページに5コマ描くと多く感じる。エッセイ漫画は8コマとか9コマとかなんですが。スピード感も欲しいので、大きいノート(大学ノートより一回り大きい)に、ボンボンと絵を描いていくんです」
── 原作ものの場合、別の漫画家さんが絵を描かれるのに、宮川さんは、ラフとはいえ、文章の指示ではなく、きちんと絵コンテまで描くんですね?
「描かないと原稿料が半分になって、ちがうので(笑)。『原案』だと、印税配分がね。あと、文字では伝えきれないものもあって。アングルだとか演出的に、こういう展開で次のページで笑いをとりたいというのは文字だと無理があるので」
── 絵コンテのコマ割は、実際作品になったときにも同じものなんですか?
「なっていますね。どんどんイジってもらってもいいですよ、とは言っているんですが」
── 原作と作画というのは、シナリオライターと監督の関係にちかいのかなぁ。
「絵を描くひとにとってはアートなので、ちがう角度で見えているものもあると思うんです。それに関しては、創作性を持っていてほしい。というか、全部をこうして欲しいというとやっていて面白くないでしょうから」
── なるほど。でも、今回、宮川さんが絵を描かないというのはどうしてなんですか?
「これは、自分の絵の笑いじゃない。僕の絵だと、ふつうのギャグ漫画になってしまうので」
もともとは作画の伊藤京さんは、これが単行本デビューの新人さんで、編集者から「この絵を使って、何かお話を考えられませんか」という提案があり、始まった企画だという。
── イケメンのパイロットがコックピットの中で、ひとりチマチマとしたことを考え悩んでいるということのギャップが面白いですよね。
「イケメンだって人間だから、トイレを我慢したり、口にはしないけどイライラすることはあるだろう。こういうとき、どうしているんだろうと気になったことを話にしていったんです」
── そういえば『情熱大陸』を見ていてよく思うのは、友人たちに集まってもらって昔のことを語ってもらう。あの会食、払いは誰が持つんだろうか? スタッフは何も注文せずに帰るんだろうか、とか。つまんないことですけど。
「ああ、気になりますね。食べ残したの、どうするんだろうとか」
── 番組はちがうけど、旅ものでテレビに映っているのは3人なのに、7、8人分のペットボトルを「これ、差し入れです」と通りがかりに渡される場面が映ったりすると、スタッフの分も考えてなんだぁ。そういう気配りっていいなぁとか。
「そこまでいくと職業病かもしれないですけど(笑)。でも、こういうことあるよね、というのをネタにして描いていると、こういうことはないよね、というのを描きたくなるんですよ」
── というと?
「たとえば、ご飯のおかずがない、という話。漂流して、コックピットの中には、非常食のご飯しかない。握っているレバーのところにご飯をのせて食べてみたら、これが塩気があって美味しい。だったら、ここはどうだろうと(身体の部位を)探していく」
── ためしに肩に白米をのせてみたりする話ですね。
「だけど、いくらなんでも、そんなことないですよね(笑)。でも、そういうことを描きたくなるんですよ。そういうふうに脳みそをひっくり返すために、あるある、を考えているというか。それがいまの創作テーマなんですよね」
── それって、どういうタイミングで思いつくんですか?
「ご飯を炊いたけど、ある、と思っていたフリカケを切らしていた。そういうとき、彼ならどうするんだろう、と。そこから妄想が膨らんでいくんですけど」
── 妄想ですか?
「最初にこうしようと思っていたものからずれていって、まったく予想もしなかったところに行き着くというのは、創作していて面白い瞬間ですよね」
次週につづく☞人生、一回くらいはチヤホヤされてもいいじゃないか。 - わにわにinterview「ウラカタ伝」 (わにわに伝)
【ウラカタ伝に登場してもらった人たち】
➀アクション監督が語る、「スタントマン」になるには☞大内貴仁さん
③島根で「福島」について考える「日直」歌手☞浜田真理子さん
❹「スンタトマン」の世界を漫画にする☞黒丸さん
⑤「自分史」づくりが面白いという☞中村智志さん
⑦「困ったら、コマムラ」の便利屋☞駒村佳和さん
❽見入ってしまうメオト写真を撮る☞キッチンミノルさん
⑨タイで起業した写真家☞奥野安彦さん